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最高裁判所第三小法廷 昭和37年(オ)522号 判決

上告人

奥田文衛

右訴訟代理人

阿部正一

被上告人

岸部親雄

右訴訟代理人

古沢斐

古沢彦造

被上告人

右指定代理人

武藤英一

ほか三名

主文

原判決中、被上告人(第一審被告)岸部親雄に対する請求に関する部分を破棄する。

被上告人岸部親雄の本件控訴を棄却する。

被上告人(第一審被告)国に対する請求に関する本件上告を棄却する。

上告人(第一審原告)と被上告人岸部親雄との間においては、被上告人岸部の控訴により生じた費用の全部および上告費用の三分の一を被上告人岸部の負担とし、その余を上告人の負担とする。

上告人と被上告人国との間においては、上告費用を全部上告人の負担とする。

理由

上告代理人阿部正一の上告理由第一点について。

手形権利者は自己の意思に基づかないで手形の所持を失つても手形上の権利を喪失するものではないから、手形権利者が手形を所持しないで手形債務者に対しその債務の履行につき裁判上の請求をなした場合も、右手形債権の時効中断の効力があると解するのを相当とする。もつとも、その裁判上の請求において、債権者が口頭弁論終結の時までに手形の所持を回復するかもしくはこれに代わるべき除権判決を得なければその請求を棄却すべきものと解せられているが、その理由を手形の引換証券性(手形法三九条)に求めるものとすれば、このことを根拠として、元来権利者が権利の上に眠つていない事実の存在だけでその効果を認めるべき制度である時効中断の場合に、その考えを推し及ぼすことは誤りといわなければならない。なお、手形上の権利の時効中断のためにする請求に手形の呈示を要しないことは当裁判所の判例とするところであるから(催告につき、最高裁昭和三五年(オ)第五三三号同三八年一月三〇日大法廷判決判例集一七巻九九頁参照)、手形を所持しない手形権利者が手形の呈示をなしえないことを理由として右の請求につき時効中断の効力を否定することもまた理由がない。

原判決の確定するところによれば、上告人(第一審原告)は、被上告人(第一審被告)岸部より昭和三〇年九月二七日を満期とする本件第一の約束手形を拒絶証書作成義務を免除の上裏書を受け、右満期に支払場所に呈示し支払拒絶されて被上告人岸部に対し手形金債権を有するに至つたところ、昭和三〇年一二月二五日偶々右手形を保管していた秋田地方検察庁の庁舎の火災によりこれを焼失したが、手形を所持しないまま昭和三一年八月二日被上告人岸部に対し右手形金と手形法所定の法定利息の支払を請求する本訴を提起したというのである。されば、上告人の被上告人岸部に対する本件手形上の債権は、上告人の提起した本訴により時効が中断せられたものというべきであつて(右訴提起前の催告――この点は、原審において上告人の主張があるが原判決はその事実の有無を確定していない――により中断したかどうかはしばらくおき)右手形の満期より一年後である昭和三一年九月二七日の経過と共に時効により消滅したものというべきでないのにかかわらず、原判決は、原審の口頭弁論終結前である昭和三二年一一月三〇日に上告人が右手形につき除権判決を得て所持人たる資格を回復した事実を確定しながら、なお右の理由により上告人の被上告人岸部に対する本訴請求を棄却すべきものとしたのは、法律の解釈適用を誤つた違法があり、原判決中、被上告人岸部に対する請求に関する部分は破棄を免れない。そして、右原判決の確定した事実によれば、上告人の被上告人岸部に対する右手形金債権の一部およびこれに対するその満期後である昭和三〇年一〇月二四日より支払ずみまで手形法所定の年六分の法定利息の支払を求める本訴請求は理由があり、これと同趣旨の第一審判決は正当であるから、被上告人岸部の本件控訴は棄却すべきである。

同第二点について。

原判決確定の事実関係の下において、上告人が本件手形につきその手形債務者に対し手形上の権利を行使することが不可能とはいえない旨の原審の判断は、当裁判所も正当としてこれを是認する。

原判決中、上告人の被上告人(第一審被告)国に対する請求に関する部分には所論の違法がなく、論旨は採用できないから、これに対する上告人の上告は棄却すべきである。

よつて、民訴四〇八条、三九六条、三八四条、八九条、九二条、九六条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官石坂修一 裁判官五鬼上堅磐 横田正俊 柏原語六 田中二郎)

上告代理人阿部正一の上告理由

<前略>原判決摘示のように有価証券喪失の場合に於て公示催告の申立を為すと共に担保を供せしめることも商法第五壱八条に規定されて居るし公示催告の申立も本件約束手形の満斯後壱ケ年を経過した後の日時に為した事も争いの無い事実であるが原判決認定の如く本件訴訟提起に依つて昭和参拾壱年八月弐日に請求されたとするならば、該訴訟は手形を所持して居つたとするならば時効中断の効力を生ずる事は論を俟たないところである。

本件にあつては、弁論終結以前である昭和参拾弐年給壱月参拾日上告人は除権判決に依つて手形所持人の資格を回復した。

故に原判決のように除権判決の効力が起訴の時にまで遡及するのではなくして弁論終結時に於て手形所持人の資格者であれば事足りるものと解すべきものである。

況や手形の所持者とは現実手形用紙そのものの占有者を謂うに非らずして手形法上適法の受取人、若しくは裏書に依つて手形法上の権判者を謂うものである以上、焼失時当の権利者である上告人は所持人であることは勿論であり、従つて昭和参拾壱年四月拾壱日に時効が中断せられたとするならば公示催告の申立時に於て未だ消滅時効が完成して居らない事となる然かも公示催告申立当時既に商法第五壱八条所定の手続よりも強力なる本件訴の提起が為されて居つた事を綜合判断すれば時効の中断があつた事が明白である。

従つて原判決は判決に影響を及ぼす事明かなる法令の解釈を誤つた擬律錯誤の違法の判決であつて破毀を免れないものと信ずる。

第弐点<前略>本件手形の焼失は国の過失に依つて焼失したものであり手形法に於ける手形上の権利の行使は叙上のように手形の手持なくしては不可能に近い状態であり本件訴訟上に於ても亦国の過失に依つて金九拾四万壱千六百参拾円也の損害を蒙つた事は明白である。

従つて之れが賠償の義務があるものと思料するのに拘らず之れを排斥した原判決は違法であつて破毀を免れないものと信ずる。

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